ドアを開けるときはカギやカードを使いますし,スマートフォンやパソコンの画面ロックを解除するときはパスワードや数字を使っています.カギやカードはなくしたり盗まれたりする可能性がありますし,長いパスワードや数字は忘れてしまう可能性があります.これに対してバイオメトリクス(生体認証)は,人の特徴を用いるので,そのような危険性がありません.ここでは,本研究室が取り組んでいる様々なバイオメトリクスの研究について説明します.
バイオメトリクスは,「身体的もしくは行動的特徴に基づいて個人を同定する」技術と定義されています.図1は、バイオメトリクスで使われる特徴の例です.身体的特徴であれば,顔,虹彩,指紋,掌紋,手のひら静脈,指静脈,指関節,耳介などがあります.行動的特徴であれば,音声,署名(筆跡),歩容などがあります.身近なものであれば,スマートフォンのユーザ認証で使われている顔認証や指紋認証,ATMの個人認証で使われている手のひら静脈認証や指静脈認証があります.
バイオメトリクスの研究は,それぞれの特徴に対して行われています.国際会議などで発表数が多い順に,顔認証,虹彩認証,指紋認証です.特に,顔認証は,バイオメトリクスの研究分野だけではなく,コンピュータビジョンの研究分野においても数多く研究が行われています.その中で,本研究室では,画像間の類似度を評価する画像マッチングを使った手法を提案しています.その手法は,位相限定相関法 (Phase-Only Correlation: POC) と呼ばれます.POCは,画像をフーリエ変換して得られる位相情報を用いた画像マッチング手法です.手法の詳細は難しいので,興味がある方は,文献 [1] や文献 [2] を参照してください.
本研究室で開発したバイオメトリクスシステム(図2)を紹介します.
バイオメトリクスの研究分野でもディープラーニングを用いた手法が数多く提案されています.特に,顔認証では,ディープラーニングの登場により,実用化に耐えうる精度まで向上しました.本研究室でもディープラーニングを用いた手法を検討していますが,その中でディープラーニングを使った指紋認証を紹介します.指紋認証は,すでに様々なところで利用されていますが,まだ利用できない用途があります.それは,新生児の指紋認証です.指紋認証では,マニューシャやテクスチャが安定して取れることが前提となっています.新生児の指は小さく,マニューシャもはっきりせず,歪みにより安定してテクスチャも取れません.新生児の小さい指先から指紋画像を撮るためには,新しい指紋センサを開発する必要があります.新生児のための高解像度指紋センサをNECバイオメトリクス研究所と共同で開発しました(文献 [10]).さらに,新生児のような既存の指紋特徴量が取得できない指紋画像でも指紋認証を可能とするために,ディープラーニングを用いた指紋認証を提案しています(文献 [11]).
ここまでは,個人認証としてのバイオメトリクスについて紹介しました.バイオメトリクスは利用するだけではなく,安全に利用するためには,システムのセキュリティも考えなければなりません.例えば,顔認証システムに対して,顔写真をかざすと本人として認証される可能性があります.認証手法から見ると,どのような環境においても正確に認証しなければならないので,顔写真であったとしても本人であれば認証しなければなりません.一方で,システムから見ると,本物の顔でなければ認証してはいけません.このような顔認証システムへの攻撃は,なりすまし攻撃(あるいは提示攻撃 (Presentation attack))と呼ばれます.本研究室の博士1年の河合洋弥さんが大学1年生向けにバイオメトリクスとセキュリティをわかりやすく紹介しています.詳細は,こちらの動画1をご覧下さい.
バイオメトリクスの研究の概要について紹介しました.最後に紹介しましたが,バイオメトリクスの研究は,単に個人認証を目的とするだけではなく,セキュリティも重要な研究テーマになっています.バイオメトリクスでは,登録と入力の類似性を評価するテンプレートマッチングに代表されるパターン認識だけではなく,画像信号処理,コンピュータビジョン,機械学習などの知識も必要となります.いろいろな知識が必要にもなりますが,融合領域特有の面白いテーマもたくさんあります.